人生って意外と…(『そこのみにて光輝く』)
<人生の妙をあっさりと、軽快に描いた妙作>
主人公「達夫」がある日、パチンコ屋で「拓児」という男にライターをくれてやる。そんな本当に些細なことから物語は始まる。「拓児」に連れられ彼の家に赴いた「達夫」は、そこで彼の姉「千夏」に出会う。自然に惹かれ合う2人はやがて結ばれ、そうして「達夫」1人の物語は、次第にその登場人物を増やして展開されていく。
本書の魅力は極めてあっさりと軽快に、しかし詳細な描写で、「達夫」という男の複雑な人生を描いているところではないか。あまりにもあっさりと描かれているものがから、ノンフィクションではないかと疑いたくなるほどだ。
冒頭、「達夫」という男は会社の都合で職を失い、齢30を迎える手前で無職独身というなんとも情けない身分である。上のあらすじにもあるように、そんな男がパチンコ屋で「拓児」という男にライターをくれてやるところから、彼の姉と出会い、結ばれ、職をとり、気づけば子に恵まれている。ページを進めるにつれ次第にまともになっていく彼を、誰が冒頭で想像したであろうか。だが、その展開に違和感を覚えるほど彼らの物語は劇的ではなく、むしろある程度人生経験を持っている男女のめぐり合わせとしては自然なのではないかとすら思える。作中ではその後も「達夫」という主人公の人生、またその周りの人間に起こるバタフライ効果があっさりと描かれている。確かにそこに人間ドラマはあるのだが、過酷な何か、非日常的な何かのあまりないその内容に、読んでいる私はすっかり馴染んでしまい、ページを進める手が止まらなくなったのだ。
本書を読むにあたって、涙を誘う何か、胸が熱くなる何かを求めている人は、恐らく物足りなさを感じる。それでも「人生って意外とこんなもんだよな」と思わせる何かがある。そんな人生の妙を描いた、良い意味で妙な作品、“妙作”である本書、私は是非一度読んでみることを勧めたい。