誕生日
お誕生日おめでとう、そう呼びかける母の視線は僕と明(あかり)のどちらに向いているのだろう。そう考え始めたときから、僕と明の関係はおかしくなってしまっていたのかもしれない。
僕の方が綺麗な顔をしていた。僕の方が勉強ができた。僕の方が運動神経がよかった。母の愛はいつからか、僕の方ばかりを向くようになった。
中学生になって、明の帰宅時間はぐんと遅くなった。いわゆる不良と呼ばれるような先輩とつるむようになった。学習塾の帰り道、コンビニの前に大声で喋る明を見つけた。明は僕を見ようとしなかったし、僕は明のそばにいる先輩が怖くて明を見ることも、話しかけることもできなかなった。
高校生になって、明と僕は顔を合わせなくなった。地元で一番の進学校に通っていた僕は、軽音楽に夢中になった。明はかろうじて高校には通っていたけれど、あまり行っていなかったようだ。僕が家に帰って、母の作ったご飯を食べて、お風呂に入り、勉強して、ギターをいじって、眠る頃になって、明は決まって家を出た。中学生の頃は時々交わしていた会話もなくなった。明が毎夜どこへ行くのか、何を考えているのか、僕にはわからなかった。わかろうとしなかった。
僕は大学生になった。家を出て、東京で喫茶店を営む祖父母の家の近くで下宿を始めた。明も家を出た。東京にいる友達のところに居候になる、と母に告げていたらしい。母は明が何を考えているかわからないと言って、電話口で泣いていた。今思えば、母も明のことをわかろうとしていなかったのかもしれない。
20歳の誕生日、僕は明に再会した。渋谷の雑踏の中、奇跡みたいな確率だったと思う。僕には開け方のわからないような場所にたくさんピアスの穴が空いていた。髪の毛の毛先はピンク色に染まっていた。高校生の時より、ぐんと痩せていた。でも、僕は一目で明だとわかった。明も僕の姿を見とめると、目を見開いて立ち止まった。
「宵の明星って知ってる?」
「いきなりどうしたんだよ」「ねえ、知ってる?」「聞いたことはあるけど」
「私たちの名前の由来なんだって、夜を告げる星。ほら、あそこに見える」
「それより明、お前さ」「ねえ、宵。おばあちゃんちのナポリタンさ、美味しかったよね。もう一回食べたいよ」
明はそう言って、渋谷の雑踏に消えた。
その日から僕は、明に会っていない。