女子大生あゆみ

女子大生あゆみ 匿名掲示板編                   崎津 舞香

「黒のトップスにジーンズにブーツ履いてます。」
黒のトップスに・・・ジーンズ・・え?
私が今から待ち合わせをして食事に行くのは、あの頭の薄い肥えた中年男性なのか?事前に聞いていた外見とは随分違うじゃないか。もう一度確認しよう。黒の・・・あ、あれは黒のトップスというよりはネイビーではないか?
アイフォンの画面とその中年を交互に見ながら自問自答しているうちに、もう一人の若い男性が待ち合わせの場所に現れた。黒のトップスにジーンズにブーツ。どうやらこっちの男性が私の待ち人だった様だ。ほっと安堵し、私はその男の方へ歩み寄った。

工藤あゆみ二十一歳、都内の大学に通うごく普通の女子大生。サークルには所属せず、友人の数は少なめ。無趣味。四年生になって就職活動が本格化し、忙しくなった反動か、誰かと一緒にいたいという気持ちや、癒されたいという想いが高まり、毎日数少ない友人に、遊びの誘いをしていた。しかし、それでは満たされず刺激が欲しいと強く思い始めた。そんな時に私が使ったもの。それは、某匿名掲示板。

〇ちゃんねるを始めとする匿名掲示板の数は増加し続け、掲示板を読んだり、書き込んだりする事が誰でも可能な時代になった。また掲示板に携わるその行為がマイノリティではなくなってきている。大型掲示板からマニアックな趣味等の掲示板が無数に存在する中で、私が回覧しているもの、それは、音楽の掲示板だった。同じアーティストが好きな者同士や、同じジャンルの音楽が好きな人たちで、おすすめのバンドを紹介しあうなどの使われ方もあれば、バンドマン個人や、目立つファンのアンチスレもある様な、管理の緩い混沌とした掲示板である。その掲示板に存在する、一番の闇、それが「出会い」である。趣味の会う者同士で、実際に会ってみませんか?一緒にライブに行きませんか?という様な誘いからそれは始まる。

「渋谷か新宿でご飯行ける方いませんか?@ABCバンド好きの21歳女」
この一文を書き込むだけで、掲示板上のメールサーバーに連絡がたくさん来るのだ。メールが来たら、とりあえず「どんな方ですか?」これがお決まりの言葉。それによって合いそうな人を絞って連絡を返していく。どれだけの人数がこの掲示板を利用していて、本当にそのジャンルの音楽が好きな人だけが回覧しているのか、実際のところは分からない。ただ、ひたすら顔も知らない21歳の女という情報しかない者に群がる男性の多さがとても気持ち悪い。

「黒髪長髪長身28歳の元バンドマンです。良ければ会いませんか?」
なんとなく良物件な気がしたので連絡を取った。その人は、こういった出会い方に慣れているのか、やり取りがスムーズで、すぐにカカオトークのIDを交換した。現在の主流ツールであるラインではなく、カカオを使うのがどういう意味か分かるだろうか。ラインは本名で登録していたり、本人の写真を載せていたり、日常で色濃く使用するツールであるから、見ず知らずの人にやすやすと教えられない。そこで、ラインと同様の機能性があるカカオを『捨てアカウント』として利用する事で、顔も知らない様な人との懸け橋となり、出会いが円滑になるのだ。極論かもしれないが、友人でカカオトークを利用している人がいれば、出会いに貪欲なのでは?と疑いを持ってもいいと私は思っている。とにかく、それぐらいカカオトークは排他的なツールだということだ。

カカオの件はさておいて、私はその28歳の男と連絡をとり、すぐに3日後の日曜日、渋谷に20時に待ち合わせと決まった。高校生の頃は、怖い物知らずだったという事と、この掲示板の知名度がまだあまり無く、本当に趣味が同じ人達が集う場所であったので、変に安心しきって、かなり気軽に出会っていた。この掲示板を利用して出会うのは、久々ではあるが、大学生になっても、まだこの掲示板を利用しているとは、自分でも驚きであるし、少し情けなく思う。

日曜日。待ち合わせ当日。変な人が来たらどうしよう、約束をすっぽかされたらどうしよう等の不安は一切なく、『イケメンだといいな』という気持ちだけを持ち、待ち合わせ場所に少し早く到着。その男が現れてから、自分の服装や明確な場所を答えるつもりで、辺りを見渡す。「交番の横の地図の前に立ってるね。」そのメッセージが来た時は、地図の前には肥えた中年男性しか立っていなかった。本当にアイツだったら今日は厄日だ。このやり場のない怒りをどうしてくれよう。と考えていたが、間もなくして、若めのいかにもバンドをかじっていた様な風貌の男が現れた。ほっと胸を撫で下ろし、その男の元へ向かう。「こんばんは。あゆみです。」声をかけると男性はにっこり笑って、「おー!よろしくね。」と言った。第一印象はクリア。タイプは分かれるが、人によってはイケメンの部類に入るし、気さくな感じで悪くない。今日が楽しい時間になれば良いなと切に願いながら、男が事前に予約しておいてくれた居酒屋へ入った。

それぞれの自己紹介を探り探り行う。男は、就活の相談に乗ってくれ、詳しいアドバイスをくれた。私の偏見だが、バンドマンにしては教養があるなぁと感じたので、それとなく出身大学を聞いてみると、某有名私立大学出身だった。これは将来有望株!仲良くしておくべきか?なんて下衆な事を考えた。この歳になってから、将来について考える様になり、高学歴とお金持ちな男が何より光って見える様になった。理想の高すぎる婚活に必死なオバサンの事をバカに出来ない様な思考回路で、我ながらみじめだと感じている。そんな考えをぶった切ったのは、彼の「今は小説書く仕事してる」の言葉だった。あぁ。小説家目指してるのかな。稼ぎ少ないんだろうな。これから先も小説家として食べていくつもりなのかな?と失礼すぎる考えが頭の中をぐるぐると回った。

男は肩まである綺麗な黒髪で、その髪をハーフアップにしていた。普通のサラリーマンでは絶対にないという確信を持たせ、怪しい雰囲気を漂わせる原因でもある。目鼻立ちがはっきりした濃い顔で、長身で細身。クロムハーツの指輪とネックレスをジャラジャラとつけて、少しいかつめのファッションをしていた。頭が良いだけあって、話がうまく、気遣いも出来た。正直タイプではないが、とても楽しい時間を過ごせているし、今日は当たりだったなーなんて思うと、自然と顔が緩む。割り勘のつもりだったのに、奢らせてくれと男が支払いをしてくれた。なんて良い日なんだろう。
その後、私たちは居酒屋の目の前のビルにカラオケがあったので、そこに行く事にした。一応、共通の音楽の趣味という前提で、出会っているのだから、カラオケはマストだ。時刻は21時を過ぎていたので、1時間だけ歌う事にした。お互いの好きなバンドの曲を入れ、社交辞令を言い合って、気持ちよくカラオケは進行した。私はだんだん男の体が、私の方に寄って来ている事に気づいていた。正直、下心なしで密室のカラオケに誘うバカはいないと考えているし、男性と2人でカラオケというシチュエーションは何度も経験している。どんな事が起こるかぐらいは察しがついているし、それが起こっても良いと考えているから、のこのことカラオケなんかに着いて来ているのである。だんだん距離をつめて、肩が触れ、手が触れ、緊張感のある空気が流れる。お決まりの流れだと分かりつつ、いじわるな私は、曲を入れるのを止めて、会話する流れにもっていきたいであろう男の意図を無視し、何も分かっていないかの様な顔で、激しめのロックを入れて熱唱する。その間も男は私に寄り添っている。

私が歌い終わると、次の曲は入っていなかった。そして男がここぞとばかりに私を抱き締めた。あぁ始まった。と思いながら冷たく「何?どうしたの?」と言ってみる。
「もう我慢できない。」
男はそう言った。まぁそうなるだろうなと予測した私は、全く動じずに毅然としていた。
『出会う』というのはたいていの場合、セックスをする事になるし、むしろそれがゴールと言っても過言ではない。趣味が合う話し相手が欲しいだとか、一緒にライブに行こうだとか、そんな文句は建前で、実際のところ、利用者の目的はセックス。それについては私もよく理解している。

「違う場所に行こう。」
ついに男が切り出した。今夜この男に抱かれてもいいという思いはあったが、自分の『女子大生』の部分が、少し抵抗しろと指示を出しているかの様に、私は
「終電乗れないと困るんだよね」
と野暮な事を言う。正直一時間もあれば簡単にセックス出来るので、こんな言葉は効かない。案の定、終電はまだ間に合うという事で丸め込まれてしまった。私は、断る理由もなく、そんなに嫌でもなかったので、ホテルへ行く事を了承した。道玄坂をのぼり、ホテル街へ入る。日曜日の22時過ぎなのに、満室のホテルがいくつかあって、皆お盛んだなぁと思いながら、安くて綺麗めな一室を選んだ。終電で帰りたいと言ってあったので、男は焦っていたのか、部屋に入って荷物を置くなり、すぐに私をベッドに引きずり込んだ。28歳にもなると出会いも減って、女を抱く機会も減るのだろうか。必死だなぁ。早い早い。熱烈なキスをされながら、余計な事を考えてしまう。男はキスを止めないで、私の服を少しずつ脱がせた。きっと若い頃は、いや、今も結構な遊び人なのだろう。かく言う私も遊び人であるから、今日会ったばかりの人とセックスをする事など、何も抵抗を感じない。つやのある黒髪を伸ばし、女子アナ風の服をよく着る、一見清楚だが私の中身は真っ黒だ。世間一般の女子大生の実態など知らないが、私はクズ寄りだろうという自覚はある。

 気づくと私は産まれたままの姿で、男に体を弄られていた。男の息が荒い。私もそれに合わせる様に感じているふりをする。雰囲気を壊さないための努力ぐらいはしてやろうという小さな優しさだ。男が一通り私を愛撫して、私も男の局部に触れる。お互いそれなりに経験豊富であったから、スムーズすぎる程に事が進んだ。何の興奮もない、作業とも言わんばかりの行為があっさりと終わった。男は終始息を荒げていた。
「最後にいつエッチしたの?」
「うーん一か月前ぐらいかなぁ」
「彼氏じゃないんでしょ?誰と?」
「友達みたいな感じー」
ピロートークなるものが始まった。しかし、この私の返答は全て嘘なのだ。正直なところ最後にセックスしたのは5時間ほど前の事。この男と待ち合わせをする前に、私は35歳のサラリーマンに金で抱かれていた。所謂、援助交際だ。好きでもない男だから、正直に言っても良かったのだが、援交となると、説明が必要になるし、面倒くさい。そして何より、自分自身が後ろめたさを感じていたから適当な嘘をついたのだ。私が援交している人間の底辺という事は今はどうでもいい。男は私とのセックスにとても満足してくれた様だった。どうせセックスするなら、二回目をする可能性があるから等の感情は抜きにして、良い女だったと思われたいがために、それなりのパフォーマンスをする。普段話している地声とは全く違う、高くて可愛らしい声を出す様に努めるし、しっかり愛撫する。何度もセックスを経験しているからか、アソコの幅を調節出来る様になったので、相手の反応を見ながらぎゅっと締め付ける。その甲斐あって、男に締りが良いと褒められた。セックスはパフォーマンスだ。男が随分私で満足してくれた様だったので、私もパフォーマーとして、とても満足する事が出来た。

 その後、ホテルを出た私たちはそれぞれの帰路についた。帰りの電車の中で睡魔と闘いながら、うとうとしているとカカオのメッセージが届いた。先程の男から、今日はお疲れといった内容だった。私は返信を面倒がって、既読も付けずに放置しておいた。悪い人ではなかったし、楽しい時間を過ごせたけれど、また連絡を取って、日にちを合わせて会うほどのパッションは持てなかった。こうして掲示板での出会いは、どっぷりと他人に浸かり込んだ後に、案外あっさりと忘れ去っていくものなのだ。

 工藤あゆみ、二十一歳女子大生。少々性に奔放なところがある。決して世間の女子大生が皆、私の様にクズだとは思わないでほしい。同じ年齢にして、純潔を守りぬいている女の子は案外多くいるものだ。私は別にセックスという行為が好きなわけではない。自分の寂しさを埋めるには、セックスするしか方法がないのだ。都合の良い女でいいという私の考えは、正直、自己保身だと自分でよく理解している。本気の恋愛感情を抱かれる事なく、ヤるためだけの簡単な女、無価値な女である事はよく分かっている。それでも別にいいや。これが今の私の考え方だ。寂しさを埋める事と、刺激を受ける事が出来さえすれば、私という人間の価値など、もう今更どうでもいい。若いうちしか出来ない遊び方だとポジティブに捉える事で、今日も元気に、名前もよく知らない様な男に抱かれに出かける事が出来るのだ。こんな遊び方にはまってしまう女子大生は、学生時代をかなり無駄にしているし、とても哀れだと、ちゃんと自覚している。でも、すごく、すごく楽しいよ。刺激はいくらあっても邪魔にならないから。

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です