〜佐々木蔵之介が誘う鳥獣戯画の世界〜
「鳥獣戯画」といえば、高山寺が保有の言わずと知れた甲・乙・丙・丁の全四巻からなる兎、猿、蛙などをコミカルに擬人化した日本屈指の絵巻物でありながら、未だ嘗て謎が多い作品だ。全四巻の詳しい解説は、この時代の文献に詳しい学者のオジサマ方にお任せするとして、私は、主観的な博物館体験について言及させていただく。
普段私は、どんな美術館に行っても、絶対に「音声案内」を購入することはないのだが(せっかく鑑賞しているところに聴覚的に邪魔をされるのがイヤ)、今回ばかりは例外であった。なにせ、ナビゲーターは「私的・抱かれたい男NO.1佐々木蔵之介氏」であったのだ。蔵之介氏のナレーションは、900年の時を超えて、鳥獣戯画と対峙する私たちの心を、どこかノスタルジックにさせた。そんな深みのある、心地よいナレーションであった。「この会場の世界観をナビゲートするだけでなく、むしろ私自身の人生をもナビゲートしてほしい」とすら思わせた。そんな私の実現不可能な欲求はひとまず置くことにして、連日超満員の会場に入ると、閉館間際ということもあり、日中ほどの混雑具合ではなかったが、それでも長い列は続いていた。そんな中、私のような女性一人の来館者もちらほらおり、みな同様に音声ガイダンスを利用していた。彼女たちは、アラサーから初老と思しき女性たちで、蔵之介氏の音声案内は、女性陣につかの間の安らぎを与えているように思えた、というか私は実際に安らいだ。
と、ここまできて、私の脳内は、ほぼ蔵之介に占拠されていたのだが、結局、全展示物の中でひときわ印象に残ったのは高山寺ゆかりの明恵上人が、両親の生まれ変わりとして愛でたとされる「子犬」の木彫りだった。ただの犬の木彫りにしては、佇まいがどこか情緒的なのに、頭を撫でてやりたいぐらいの愛嬌があって、なにより、触れなくとも体温が感じられたのだ。
蔵之介のおかげか、子犬のおかげか、いずれにせよ、私は、熱を帯びたノスタルジックな感情に包まれながら上野駅から帰路についた。
(フクシマユズノ)