『レクイエム』
アントニオ・タブッキはイタリアの小説家。学者でもある彼は、専攻していた文学とポルトガル語をこよなく愛している。彼の作品によくポルトガルが登場することはこれが由来しているのであろう。
今回紹介するタブッキの作品『レクイエム』も舞台はポルトガル。
イタリア人の主人公が様々な人と出会いを果たし、心と言葉で会話を交わし、そして別れていく物語。まだ見ぬ知らない人や記憶の一部となってしまった過去の大切な人。彼には重要な出会いと別れが繰り返しながら、ゆっくりとした貴重な時間が優雅に過ごしていくのであった。
物語に一歩足を踏み入れると、ぼくの心に彼の気持ちが写り込む。
今はもういない大切にしていた人との再会や、どこか夢のような、しかし現実に小説の中で起こっていたお話を想像する。夢と現実が溶けて合わさって、そしてその感覚からふと我に帰ると、そうだこれは小説の中だった、と醒める不思議な感覚がそこにはある。
貴重な時間が流れていたのは小説の中だけの話ではない。読書をしている時のぼくの頭の中でさえ、どこか自然と身体がゆらゆら揺れてしまうような、ゆっくりとした、ふわふわとしたような時間が流れていた。
それはまるで夢と現実が入り混じって、もやもやとした、どこか不可思議な時の流れ。幻かのような感覚。今振り返ると、ぼくのリアルもあの小説の主人公を見ているかのようだ。
現実と非現実が交互しているような感覚に入り込んでしまう、どこか不思議な物語。そして、その小説の中に入り込んで酔った自分に現実と夢の区別が曖昧になってしまう。そんな夢と現実の四重構造が身にしみる、そういう意味でとても怖ろしい小説であった。
時間が経ち、それを思い出す。ゾッと鳥肌が立った。