アイトーニャ史上最大のスキャンダル

みっつの暴力で三回転。

母親ラヴォナの暴力でくるり。

夫ジェフの暴力でくるり。

そしてトーニャの、暴力を受け入れるという受動的な暴力で、くるり。

 

フィギュアスケート選手、トーニャ・ハーディングはそのトリプルアクセルを成功させ、一躍世界のトップフィギュアスケーターたちの一員になりました。

しかし、トーニャが世界を相手にして競技に臨むさなか、ある事件が起きてしまいます。それは、彼女のライバル選手であるナンシー・ケリガンが、何者かに膝を強打されてしまうという事件でした。

 

この、トーニャ・ハーディングという実在の選手の半生と、現実に起きたナンシー強襲事件の裏側を描いたのが、クレイグ・ガレスピー監督の映画『アイトーニャ史上最大のスキャンダル』です。

母親ラヴォナによる虐待にも近い厳しい教育や、夫ジェフによる暴力が、トーニャをどのように歪めていったのか、ナンシー強襲事件にどのように繋がっていったのかが、実際のインタビューに基づいて描かれています。

 

この映画の興味深い点のひとつは、母親ラヴォナ、夫ジェフ、そしてトーニャの人生の全てがトーニャのスケートに懸かっていると、それぞれが言い放っている点です。

「私はお前のスケートに全てを捧げたんだよ」

「俺にはお前しかいない」

「私にはスケートしかないの」

そうして三人の人生がまさに集約されたトーニャのスケート演技。そのシーンには、まるでこの映画の全ての表現が凝縮されているようでした。

 

競技に向かうトーニャの顔は、敵を殺そうとする動物のような猛々しい生気に溢れていて、それはジェフの暴力に対して暴言をぶつけ返すトーニャの表情と重なります。

 

リンクの中央で、作られた笑顔と共にポーズを取り、演技の開始を待つトーニャの眼の奥には、母親に愛されず、事件の犯人とまで疑われた失望と悲しみがちらついています。

 

そして、氷を削る音とともにリンクを滑りながら、大胆に、そして荒々しく演技をするトーニャの姿は、暴力に抗いながら自分の人生を逞しく生きるトーニャの人生そのもののように思えました。

 

たとえその演技が、ラヴォナの言うように「レズビアンの男役のように下劣」なものだったとしても、感情渦巻くダイナミックな演技は私の心を揺さぶって留めませんし、三人の人生の集約点たるトーニャのスケートへの私のこの感動が、そのまま映画全体への私の感動に他ならないことなどは、言うまでもありません。

 

総合政策学部4年 並木 一史

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