「ウィステリアと3人の女たち」
「ウィステリアと3人の女たち」
今回扱うのは「乳と卵」で芥川賞を取った川上未映子の「ウィステリアと三人の女たち」という作品で、私にとっては彼女の作品を読む始めての機会となった。今まで読んだことがなかったのは別に美人の書く小説を信用していないからではなく、単純に機会がなかったからである。
物語は主人公である「わたし」が不妊症の治療を夫に持ちかけるところから始まる。しかしこの提案に夫の反応は鈍く、これがきっかけで夫婦関係が破綻する。その横で隣家が解体工事を行っており、彼女は夜な夜な隣家に足を運ぶことになる。解体工事中の隣家を訪れるとそこに住んでいた女性の過去を想像し始め、想像を通して彼女自身と向き合うことになる。
さて、この物語は大半が主人公の想像で進行し、それが妙に具体的で、不思議な読書体験を提供してくれる。不思議というのは否定的な意味ではなく、私にとって「何か新しい」であり、あまり本を読まない私でも構造的に楽しめる作品であると感じた。
その肝心な「想像」についてもう少し掘り下げたい。彼女は隣家に住んでいた老女の若い頃を想像し始めるのだが、彼女は老女について多くを知らない。しかし、彼女は自らストーリーを作り上げ、あたかも事実であるかのように進行する。その言葉一つ一つが繊細で、主人公が想像の人物といかに真剣に向き合っているかが伝わってくる。
このように物語に登場する彼女は有り余る想像力を持って人と真剣に向き合うことができるわけだが、それが果たして目の前の夫にできているのかという疑問を覚えた。彼女は夫に対して「もう、あなたとは関係ない」と言い放つ。この物語では夫の描写はあっても、夫という人間を描くことはない。一方的な想像はその想像がいかに豊かであっても、一方的な想像でしかない。彼女は「壊される音」が聞こえるようになったわけだが、その音ばかりが大きく聞こえて、他の音を聞き逃してしまうのではないだろうか。