『Hungry Spider』
最初に読者諸君に詫びておく。2017年で最も私が興味を持ったもの、という題で執筆するこのコラムだが、私が取り上げるのは1999年に槇原敬之氏が発表した『Hungry Spider』。実に19年前の楽曲を取り上げることとなる。テーマと合致しているとは言い難いように見えるが一応2017年と繋がりがないわけではなく、この年の暮れ、民放による大規模な音楽番組にて槇原氏が歌唱していた経緯があるため、この楽曲を題として取り上げることとした次第である。どうかご容赦いただきたい。
さて本筋に入ろう。この楽曲が描くバックグラウンドは、人知れず(昆虫知れず?)蝶に恋をした蜘蛛の一編の物語である。一聴すれば、そんなこと言われなくとも分かるよ、と言いたくなるかもしれないが、ここで注目するのは2番のBメロ部分の歌詞である。
“今すぐ助けると言うより先に/震えた声であの子が/「助けて」と繰り返す”
このフレーズが出てくるまで、描かれているのは蜘蛛の切なく叶うはずのない恋心である。歌詞から物語性を読み取ることのできる人間ならば、ここまででおそらく、その恋心が奇跡のように叶うか、あるいは時の経つ間に情緒的な終わりが来るか、そんな風に推測するだろう。
しかし、このフレーズによってそれは破られる。恋心は、ごく一般的な価値観によって無情に拒絶されるのである。それは確かに当然の真理かもしれないが、蜘蛛にとってはパラダイムシフトを起こしてしまうほどの衝撃であり、それがこの楽曲の最大の色となっている。
物語を書く経験がある方には分かっていただけるだろうが、物語にある程度の流れを作り、そこに破綻しない意外性を持たせるというのは実は難しいことである。それが、僅か5分程度の楽曲の歌詞の中で作り上げられる。槇原氏は広く歌手として名を馳せているが、この楽曲においては氏の作詞家としての才能に対し、執筆という行為に長く取り組んできた人間として、驚嘆を抱かざるを得ない。