職業:女優
ここは頂上か。
山の名前が書かれた旗を見て登りきったつもりでいるのだが、あまりにも確信が持てない。霧が濃いせいで遠くは見えず、他に頼れる者もいない。少し向こうの丘の方がここよりも高い気がするが、ようやくたどり着いたこの場から離れるのはどこか心許なくて動き出すことすらできない。もはや誰も見ていないなら、この場を頂点と決めても良いのではなかろうかとさえ思い始めている。
登り始めた頃はただ高みを目指すことが楽しみであった。この世にいるかどうかもわからない誰かになりすます仕事は、完全な正解がない代わりに不正解もない。数だけで計れない世界にいるから、自分の努力がきちんと前に向かった一歩であると信じるしか、自分の足元を確かめる方法はなかった。だからいつも私は自分の心に鏡を置いて、自分の姿と努力を見つめてきたし、その成果が今私のいるこの場所へと繋がったのだろう。
この山では登りきれるところまでは登ってきたはずだ。周りに人は見当たらないし、誰かが近づいてくる気配もない。時には人を押しのけ、間違った道順を教え、人に嫌われることをしたこともあった。けれど、ひたすら高みを目指して歩いてきたこの山で、私はようやくたった一人の人間になれたのだ。横にも下にも誰もいない。この山の頂上に立っているのは私だ。私こそが勝者だ。
霧が、晴れた。どこまでも遠くを見渡せる良い景色である。思っていた通り、私の上に人はいない。横や下にも人は見えない。私が頂上で間違いはなかった。
遠くを見ると山が見える。高さは、私のいる山よりも少し高いか、同じくらいであろうか。あちらの山には多くの人がいる。皆が頂上を目指して互いに牽制をしながら、一歩でも上に進もうと争っている。昔の私がしていたことと同じことだ。
私は頂上にいる。争う相手は誰もいない。あっちの山を見てふと思う。今、私の敵はだれなのか。