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                            野田 逸平
 青い空が見える。いつまでも見ていたくなるような綺麗な青色だ。その中を白い玉が飛んできているのが見える。
「取らなきゃ。」
 本能的にそう感じた僕は白球に手を伸ばした。しかしその瞬間視界がぶれ、見失ってしまったその白球は僕の手の中ではなく地面に落ちた。心臓が押しつぶされそうになるのを感じた。そしてフッと目の前が暗くなった。

「またこの夢か。」
 この夢を見るのは何度目になるだろうか。嫌なことがあった日はいつもこの夢を見る。高校の頃の夢だ。簡単に言うと悪夢である。
 僕は高校時代野球部に所属していた。県内でも有名なスポーツに力を入れている高校で野球部も全国大会に何度も出場している強豪校である。
 僕は小学校から野球をしていて高校に入ってからも順調にチーム内での評価を上げていき3年生の夏の大会にライトのレギュラーとして出場させてもらうことができた。
 高校は男子校で毎日野球しかしていなかったし野球のことしか考えていなかった。野球が自分のすべてだった。
 しかし高校最後の夏の大会での県大会決勝戦で僕は人生最大の失敗をしてしまった。勝てば全国大会出場が決まる大事な試合だった。僕のチームは1ー0でリードした状態で9回裏を迎えていた。2アウト2、3塁あとアウト1つで勝利が決まる場面だった。
 バッターが打った球は僕の方に飛んできた。何でもないフライでただ取れば終わりだった。しかし補給の瞬間ぬかるみに足を取られ視界がぶれエラーしてしまいランナーがホームに帰り、結果は逆転負け。
 僕のせいで負けたのは明白だったがチームメイトが僕のことを責めることはなかった。
「お前のせいじゃない。」
「お前はよくやった。」
 励ましの言葉が辛かった。時間が戻ればいいのにと何度も考えた。死にたいとも思った。でも死ぬ勇気もなかった。
 そして僕は高校を卒業し何か変わるのではないかと思い浪人の末大学に入学した。一人暮らしも始めた。結果から言うと何も変わらなかった。
 入学して三ヶ月が経ち大学にも慣れてきた頃僕は大学に行かなくなった。理由も特になくただただ何のために大学に行っているのかわからなくなったからだ。
 そして部屋に引きこもり始めて2年が経った。親には大学にちゃんと行っていると話している。今更やり直すこともできないが自然と焦りはなかった。人生を良いものにしたいだとか何かを成し遂げたいと考えている人は人生に焦りを感じるのだろうが僕にはこの先何もない。高校時代で僕の人生は終わった。
 今日も部屋で寝ているだけだ。
「今日も休むのか?」
「あぁ。」
 ふと話しかけられ我に返る。こいつは大学の新歓で話して以来なぜか僕についてくる変なやつだ。僕は大学に行っていないのになぜかいつも僕の部屋にいる。
「まぁ今日になって急に学校行くわけないか。」
「あぁ。」
「海行かね?」
「行かないよ。そもそも今日お前学校だろ?」
「たまにはサボりたいんだよ。まさかお前に学校のこと言われるとはな。」
 君は笑って言う。
「うるさい。とにかく行かない。」
「準備しろ。行くぞ。」
「はぁ。」
 こいつは言い出すと絶対に譲らない。いつもそうだ。去年も思い立ってはいろんな所に連れて行かれた。嫌がっているふりはするが退屈な自分にとってはささやかな楽しみになっていた。
「よし。俺の愛車で海までドライブだ。」
「電車で良くないか?」
「馬鹿言え。海といえば車だろ。」
 去年バイトで貯めた金でようやく買ったぼろぼろの軽自動車を彼はひどく気に入っていてなにかと車で出かけようとした。
 僕たちは早々に準備を済ませ車に乗って海へと走り出した。車の中ではブルーハーツの歌が流れ、夢だとか愛だとかについて歌っている。今の僕にはこんな歌詞は何も響いてこなかった。
「海が見えてきたぞ。」
「そうだな。」
 久々に見る海はとても綺麗な青色でいろいろなことを忘れさせてくれる気がした。ふと昔を思い出す。
「俺写真家になるのが夢だったんだ。」
「初耳だな。」
「俺も忘れてたぐらいだ。小さい頃海が好きでよく親のカメラで写真撮ってたんだ。」
「へー。俺の小さい頃の夢はゴジラだったな。」
「なんだよそれ。」
「強そうだったから。」
「昔から単純だったんだな。」
 こうしてくだらない会話をしているうちに海に着いた。雲一つない晴天で風が心地よかった。
「来てよかっただろ。」
「あぁ。」
「写真撮ってくれよ。海を背景に俺のかっこいい写真。絵になるだろ。」
「何だよ急に。自分で撮れよ。」
「寂しいこというなよ未来の写真家さん。」
 言い返そうかと思ったがこいつは言い出したら絶対に譲らないやつだったなと思いとりあえず撮ってやることにした。
「撮るぞ。」
「かっこよく頼むな。」
「モデルがこれじゃあ無理な話だ。」
「何か言ったかー?」
「なんでもない。撮るぞー。」
 携帯電話からシャッターの音が鳴り何とも言えない写真がデータフォルダに保存された。うまく撮れてはいなかったが彼はとても気に入っているようだった。とても嬉しそうに笑っていた。
 今日という一日をきっかけに写真家を目指そうとかそんなどこかのドラマみたいなことは考えなかったがただ少し希望のようなものが湧いてきた気がした。生きていればたまには楽しいことがあったりいい日だと思える日が来るのではないだろうか。
 寒くなってきたから帰ると急に言い出し歩き始めた彼の背中を見ながら僕はふと呟いた。
「こんな人生も悪くない。」

                                  完

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