「その十円をなんとかこの扇子で許してはくれませんか!?」

もはや行きつけとなってしまったいつものコンビニで週刊誌を立ち読みしていたツトムの耳に、やや奇怪な言葉が突き刺さった。見るとレジには、侍の様な格好をした男が立っていて、店員と何やらもめているようだった。母に頼まれた牛乳を手に取り、ツトムは若干の好奇心と共にレジに向かった。

「某、一日の締めくくりは絶対にこの梅干しおにぎりと決めているのです。しかし手持ちの銭はこれしかない、なんとかこの扇子でぇ!!」

このコスプレ侍は、一体何を言っているんだ。早く帰って昨日買ったばかりのゲームの続きをしたかったツトムは、黙って十円をレジの台の上に置いた。

「お、お主、某を助けて下さると言うのかぁ!?」

コンビニの前に止めておいたママチャリに跨がろうとしたとき、後ろからコスプレ侍が声をかけてきた。

「このご恩、某、一生忘れはしません! 何か貴方にお返しがしたい。某に何か出来ることはござらぬか!?」

中途半端な侍語にやや苛立ち、ツトムは少し意地悪なお願いをしてやろうと思った。

「わかった。じゃあ俺の今置かれている状況を変えてくれよ。大学も辞めて夢もなく、一日中家でゲームと漫画で時間を潰してる。そんな世間じゃ馬鹿にされる俺の境遇を変えてくれ。親も自慢の息子だって胸を張れる、そんな人間に変えてくれ。無理だろ?無理だよな?おっさん、そんな簡単に何でもさせてくれとか言わない方がいいよ。世の中、ろくな奴がいないからね。じゃ。」

久しぶりにこんなに声を出した。何をこんな、わけのわからないおっさんにムキになってるんだ。ペダルを踏み込む足に力を入れようとしたそのとき

「あなたは何をおっしゃっているのですか?その牛乳、母上に頼まれたものなのでしょう?立派なことではありませんか。」

ツトムは、大学を辞めて以来、親の頼み事だけは極力引き受けることにしていた。それは申し訳なさからの行動だったのかもしれない。

「色んな人を騙し金を得る。女を騙しては自分の欲求を満たす。自分の為なら他のことを顧みない。彼らはこれを大多数の目には触れない場所で行っている。そんな奴らに比べれば、君の方が人としてよっぽど真っ当に見えるけどね。」

侍が急に標準語でつぶやいたので、ツトムは思わず振り返った。

「ならばほんの気持ち程度に、某の大切にしているこの扇子を受け取っていただきたい! ではっ!」

そういって扇子を渡し、侍は走り去って行った。ツトムは呆気にとられ扇子を拡げた。するとそこには、達筆ぶった字でこう書いてあった。

­『Going your way!!』

「英語かよ。」

そうつぶやいてツトムは自転車をこぎ始めた。帰りを待つ母がいる、そう思うと、いつもは不快なギアの軋む音が、今日は一定のリズムを刻んでツトムの頭で踊りだした。

 

福田周平

 

 

 

 

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