あなたのベールを脱がせたい(クラーナハ展ー500年後の誘惑)
以前のコラムにも書いたように、わたしはいつも、映画を観るときも音楽をきくときも、そしてこのような美術展に行くときもほとんど予習をすることはない。それは、わたしが面倒なことが嫌いということももちろんあるのだが、何より先入観を持つことで、実物に触れたときの感触だったり感覚だったり、自分が感じる幅を狭めたくないというのが一番大きな理由だ。
しかし今回の場合は違った。ルカス・クラーナハ(父)という名は、世界史専攻で大学受験をしたわたしにとっては馴染みのある名前であり、ちょっと知ってしまっているからには、この美術展についてもある程度勉強してから行くのが礼儀のように思えたのだ。
そこでキーワードとして浮かび上がってきたのが「アンビバレンス(ambivalence)」同一の対象に対して、相反する感情を同時に持ったり、相反する態度を同時に示すこと。「両面感情」「両面価値」とも訳される言葉だ。彼はこの表現に長けていた。「泉のニンフ」が代表するように彼の作品には、ベールをまとった女性が多く登場するが、裸体を隠すはずのベールが透明であることによって、かえって見る側の欲望を掻き立てている。また、サロメやユディトの絵の中では女性が男性の生首を持っているが、ここでもまた女性の妖艶的な部分と狂気的な部分との二面性を感じることができる。
私たち人間は誰でもみな二つの顔を持っている。愛と憎しみ。光と影。彼の絵があらわすようにそれは本当に紙一重の違いで、でもその薄いベールがあることがわたしたち一人ひとりの魅力を高めているのだろう。500年前も現在(いま)も変わらない普遍的な人間のテーマを描いた彼の作品は、きっとこの先500年経っても人々を誘惑しつづけるに違いない。