飾り物(ベストセラー編集者パーキンズに捧ぐ)

帽子を脱ぐという行為には様々な意味合いが込められている。そもそも帽子というものは何かしらのシンボルである。それはオシャレかもしれないし、職業上必要なものなのかもしれない。何にしろそれは、彼を彼たらしめ、彼女を彼女たらしめ、私を私たらしめる。

本編の中でコリン・ファース演じるマックス・パーキンズは常に帽子をかぶっている。仕事中はもちろんのこと、家にいるときも、食事をするときも、いつでもだ。彼にとって帽子は、彼を天才編集者でいさせるための飾りだったように思う。マックスとジュード・ロウ演じる鬼才の作家トマス・ウルフはそれぞれ、家族や愛人との時間を犠牲にして、編集作業に没頭する。いつしか、ふたりの間には単なる編集者と作家以上の絆が育まれ、その複雑で愛情深い関係を英国演劇界に君臨するマイケル・グランデージが映画監督デビュー作として美しく描く。

ラストシーンでマックスは初めて帽子を脱ぐ。自分の力だけで書けることを証明したいと旅立った先で急死したトマスから、「親愛なるマックスへ」で始まる手紙が届くこのシーン。観ているこちらも自然と涙が溢れだす。トマスが故人となって初めて、編集者と作家という枠組みを越えて真の意味で、親友になった、そんな瞬間だったのかもしれない。「帽子を脱ぐ」というたったそれだけの行為なのに、マックスからトマスへの友情のあらわれ、そして文章を扱うものとして天才的な才能をもつ作家への尊敬の念、様々な感情が渦巻く。

この帽子の演出には賛否両論あるようだが、私個人としては非常にぐっとくる粋な演出であった。直接的ではなく間接的に、具体的ではなく抽象的にふたりの関係を浮かび上がらせるそのテクニックは舞台演出家の彼ならではだろう。また暗く深い色調で再現される1920年代のニューヨークの市街風景や、当時の人々の服装や髪型なども注目ポイントだ。

寒くなってきた今日この頃、心温まりたい人にぜひ観てほしい。

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