ベストセラー 編集者パーキンズに捧ぐ
「人は去っていくものだ。」
私にも、このセリフを言えるようになる日が来るのだろうか。
恋人に他の女ができたと知って、行きつけのゲーセンで待ち伏せてゲームをしている最中の手を横から押さえつけ、財布を人質にとった執念深い私には到底たどり着けない境地だ。
しかし、フィッツジェラルドやヘミングウェイらの名著をこの世に送り出した名編集者パーキンズは、無名の作家からベストセラー作家まで育てあげたトマス・ウルフが自らのもとを去った後にこういったのだ。
パーキンズとウルフの関係はただの仕事仲間なんて表面的なものではなかった。
パーキンズにとっては家族以上、ウルフにとっては恋人以上の日々があった。
暖かな家庭を築き、堅実に働く編集者パーキンズと軽率で奇行じみた行動ばかりする作家ウルフ二人はまさに真逆の存在である。
ただ、本に対する信念と情熱だけが二人を強く繋げた。
パーキンズはある日突然手書きの大長編を抱えてパーキンズの元を訪れた奇人のウルフを受け入れ、その才能を見出し、こんがらがった毛糸玉のような原稿を二人で解いて編みなおしていく。
二人は殆どの時間を共有し、どの出版社にも門前払いされていたウルフは一躍ベストセラー作家になった。
ウルフはパーキンズをよりいっそう慕うようになり、深い友情と敬意の証として2冊目の本の謝辞にパーキンズの名前を入れる。
もはや、ハッピーエンドしか見えないような美しい展開の時に限って悲しい結末は訪れる。
ウルフは自分の原稿を添削しすぎるパーキンズに不信感を覚え、パーキンズの元を離れ、客死する。
執着もせず、後悔もせず、親しい人との別離を受け入れるのは恐ろしく困難な作業である。
二度と会えないことだってあるだろう。それでも、すべてを受け入れて手放すのだ。
もし、また私の元から誰かが立ち去る時がきても、大量に電報を送りつけることなく、ひとりでに呟こう。
「人は去っていくものだ。」