デトロイト美術館展
ゴッホの自画像
デトロイト美術館展のホームページを見て違和感を感じた。何故この企画展のモチーフはゴッホなのだ。だって、デトロイト美術館といえばモネやルノワールの方が有名だし、日本人の大好きなピカソだって来ているのだ。たった2点を借用しただけでゴッホを謳っているなんて、傲慢にも程がある。幼少期をオランダで過ごし、ファン・ゴッホ美術館に慣れ親しんで育ってきたというプライドもあり、いざお手並み拝見、という半ば挑戦的な気持ちで美術館へと向かった。
その部屋に足を踏み入れた瞬間、私は敗北を悟ることとなる。ロイヤルブルーを基調にした小さな展示室は、照明が落とされ、肌寒いほどに空調がきいている。黒い額縁に入れられた絵は全52点の中でもこの1作品のみだったと思う。ゴッホの自画像は異様な程の存在感を放っていた。
ゴッホはありのままに描くのではなく、彼が内に燃やす感情を色に込めた。キャプションには、鮮やかな色彩が精神を病む前であることを象徴している、とある。だが、それとは裏腹にどれだけゴッホの表情の不安そうなことか。必要以上に赤く染められた耳はまるでこの後切り落とされることを知っているかのようだ。顔の右半分の影も、心の病の暗示のように見えてくる。油絵の具を指につけて描くなどと、繊細なタッチが好まれた当時の絵画界からすれば、どれだけ風変わりだったことだろう。だがこの指跡が、この絵が紛れもない本物であること、そしてそれを描くフィンセント・ファン・ゴッホという絵描きが確かに存在したことを強く実感させてくれる。
あまりにゴッホの自画像が衝撃的だったおかげで、残りの展示はあまり頭に入ってこなかった。25cm四方ほどの小さな絵だが、それほどの感動がある。あの1枚のためだけにでも行く価値のある企画展だった。