築地ワンダーランド
『築地ワンダーランド』
環境情報学部 3年 太田朝子
築地……その言葉を聞いてまっさきに思い浮かべるのは、お魚だ。お魚、お魚、かに、お魚。ピチピチするお魚への入刀、あらわになる魚肉、溢れる臓物。私が『築地ワンダーランド』を観る前に想像していたのは、そんなお魚たちのスプラッター劇場であった。別に魚のピチピチに興奮を覚えるわけでもない私が、そんな映画を観て面白いのだろうか、そんなことを考えていた。
だが実際に私が目にしたのは、そんなお魚たちだけではなかった。魚よりも目立っていたのは、熱く働くおっさんたちである。私はこの映画を「お魚と、働くおっさん劇場」とでも名付けたい。
「寿司屋は寿司だけを、天ぷら屋は天ぷらだけを極める。色んな料理を作るなら料理人だが、彼らは職人だ」と映画の中の寿司職人は語る。ふと私は、友達のお寿司屋さんをやっているお父さんが、気に入らない客が来るとわさびをたっぷり入れて二度と来ないようにしてやる、という話を思い出した。彼らは自分の魚、寿司を信じ、寿司に懸ける職人なのだ。映画半ば、情熱的に魚を語るおっさんを見て、ロックンロールを語る矢沢か、と思った。私は彼が具体的に何を語っていたのかは忘れてしまったのだが、矢沢を彷彿とさせるあの熱いまなざしを忘れない。「イカの絵を描いて」と言うと、たまにパック詰めされたイカリングの絵を描くやつがいるという最近の小学生に、この生々しい魚たちと熱気に溢れる男たちの姿を見て欲しい。
私はこの映画を、今ちょうど香港から日本に遊びに来ている友達と一緒に観に行った。彼女を隣にしていたせいか、この築地がただの日本の築地なのではなく、世界の築地、なのだと意識する。その日のお昼に既に刺身定食を食べていた彼女いわく「フォーリンラブ、ジャパーン」だそうだ。
映画を見終わったのは午後6時50分、ちょうど夕飯どきだった。この映画を観たあとは無性に刺身が食べたくなると噂に聞いていた私は、ぜひ彼女に「お昼に刺身を食べたばっかりなのに、夕飯にも刺身を食べたくて堪らない!こんなに私をハングリーにするなんて!もう築地め!」と抗議されるのを待っていた。しかし『築地ワンダーランド』のお魚たちでお腹いっぱいになった彼女は、そのあと沖縄料理屋さんで豚肉を食べたそうだ。私も、一週間分のお魚を食べた気分である。