『Tsukiji』 「築地ワンダーランド」コラム
実際に築地を訪れたことはないので、衛生管理が悪いという報道されるままの薄汚い印象を持っていた。私たちよりも上の世代が慣れ惜しみ、思い出補正によって寂れさえも風情として捉えられている。採れた海産物を競り合う様は何度かテレビで見たことがあるが、何を喋っているのか意味不明で、部外者は来るなと言われている気がした。広い市場とは裏腹に、とても狭い入り口に思えた。
英語のナレーションで始まったときは耳を疑った。ハンドカメラで撮影し、手ブレも補正しないような、生々しいドキュメンタリーだろうという私の予想はいきなり裏切られた。ドローンを駆使した壮大な景観、スローモーションやタイムラプスで人々や時間の流れを美しく演出。普段は家で腹掻きながら寝転がってるオヤジがいきなりスーツを着てビシッと決めたみたいじゃないか。もはや築地と書くのは失礼に思えてくる。Tsukijiと書こう。うん。
Tsukijiで採られた海産物たちは取材で登場した人物や地名と同じフォントで名前が表示された。海産物たちもこの映画のメインキャストであることが伺える。収穫された段階ではなく、調理されたときにその魚介の名前が登場する点が面白い。仲卸が鋭い目でオーディションし、料理人がメイクアップ。料理として完成された魚介たちはさながらハリウッドスターだ。
近寄り難い印象があったTsukijiだが、外国人の学者がTsukijiの人々と親交を深めていたり、若い料理家の相談相手になったりと、とても気さくだった。子どもにどの品が良いか自ら選ばせてあげるところも良かった。人々は売買するだけでなく、積み重ねてきた信頼関係によって結ばれている。すれ違えば挨拶し、店の垣根を越えて助け合う。ちょっとした騙し合いや、ポーカーフェイスでのセリも愛嬌がある。みんな笑顔で、とにかく楽しそうだった。猫でさえ闊歩しているのだ。もっと気軽にTsukijiに踏み込んでもいいのかもしれない。
映像はオシャレで上品だったが、Tsukijiに対しては気さくな印象を受けた。そういう意味では少し不思議な映画だった。