一瞬の輝き

列車の最後尾から見た遠ざかる線路。太陽の光が降り注ぎ、鮮やかなレンズゴーストとなって溢れる。映画の最中このような映像が度々流れた。

私がこれまで聴いていたのはジャニスであって、ジャニスではなかった。レコーディングされたCDでしか聴いたことのなかった私はこの映画で初めてライブで歌うジャニスを聴いた。モントレー・ポップで歌った「ボール・アンド・チェーン」は魂を振り絞る叫びで、垂れた最後の一滴まで輝いていた。ジャニスは観客と殴り合うように燃え上がり、一層煌めきを放った。

ライブ映像を観たことで、何度も重ねてレコーディングすることに苛立つジャニスにすぐ納得がいった。ジャニスは一瞬の輝きの為に歌っていたのだ。観客と鼓舞し合いながら、一瞬に全てをぶちまける。試行錯誤を繰り返しての録音はジャニスの本望ではない。

私はレコーディングされたCDを聴いていただけでジャニスを知った気になっていた。自分は何て失礼だったのだろう。一度でいいから生でジャニスの歌声を聴いてみたかった。

ステージから降りたときのジャニスはズタボロだった。バンドメンバーとは馬が合わず、麻薬に溺れていた。いじめられていた幼い頃と変わらず、少女のままだった。それでも、ステージの上ではファンが期待するかっこいいジャニスを演じてくれていた。若くして亡くなったことは知っていたが、むしろ伝説として耳にすることが多く、ロックな印象だった。陰でこれほど苦悩していたことは意外だった。私にとってのジャニス像は崩れたが、自分を死に追い詰めてまで歌ってくれていたジャニスをさらに好きになった。

揺れる電車の中、一瞬だけ見える美しい光景。無邪気な子どもが思わず靴を履いたまま椅子に乗り上がり、母親の袖を引っ張りながら車窓に指差すような。少しでも記憶に納めようと瞬きを忘れてしまう。遠退き、小さく見えなくなって、それでもその方向を見つめ続けて余韻を味わいたくなる。ジャニスはそんな光景のようだった。

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