Lost Human.
ああ、なるほど。芸術を理解できなければ、君にはこれを読んでも理解できないよ。この先を見て理解することは難しいかもね、だから世界は死んだんだよ。と、入って数秒で突き放された。そんな気がした。薄黒い自動扉を遠目に確認した時点である程度の覚悟はしていたが、扉の向こう側はさらにくる。昭和の空き地を感じさせる壁のつくりに、鼻につく臭い、ギーッとなり続ける音。私の視覚も聴覚も嗅覚も、創り上げられたこの空間に支配された。
ここはお化け屋敷なのだろうか。もうここを出たい、ごめんなさい間違えました、と言いたくなるのを堪えて足を進めた。いかにもロボットのおもちゃの音を鳴らし、首を縦にカクカクと頷く7体の首。それだけでももう薄気味悪いのだが、三十分毎に喋るオウムや三十分毎に歌い踊るロブスターなんかには、もう不自然すぎて笑ってしまった。片割れがいない雷神様なんかは、もうひとりで強がるピエロみたいにも思えていた。ちょうど立ち会えた放電には、この密室でこの芸術を行う感性に恐怖を覚えた。どうやっても目が合ってしまう十体のお人形に、何か言いたげな顔の七体のバービー人形。私にはこれらを好きになることはできなかった。
入り口と出口にある海景の写真が異なることに気づいたのは、廃墟劇場の二枚目を見てからだ。劇場は内装に凝っており、廃墟にも異なる色があるのだなあと感じていた、ちょうどそのとき海景に抱いた違和感がわかった。何だか景色が違うのは当たり前で、撮られた場所も違えば想いも違う。シャッターを切るときに毎度同じ想いで切ることなんて難しい。同じものを撮ったとしても、同じ感情が表現できるとは限らない。廃墟劇場だって仏の海だってそうだ。一枚一枚異なっている。露光のためにフィルムを張り替え、上映した作品だって異なる。廃墟劇場の最後の大仕事を写しとった一枚一枚には魂が宿っていた。だからあの空間は暗くオモいのだ。
あの薄黒い自動扉を越える前と、出てきたときでは違う。何かが変わった、きっと。だから、私の。
『世界は死んだ。もしかすると昨日かもしれない。』