嘘をつくお仕事2(代理課題2)
「はい、じゃあ旦那さんが降りてくるとこから」
旦那「さ、いよいよ今日ヒヨコを一羽手放すんだよ、私たちは」
「ストップ!」
一文ずつ、一言ずつ止められる。
「この夫妻はさ、有りえないくらい上手くいってんだって。20年以上毎日連れ添って、愛も忘れず上手くいってるんだよ!それが欲しいの!話を聞くんだって!」演出家が吠える。
苦しみ紛れの私達は自分にも気持ちの悪い、ただの音と化した言葉を発し合う。嫌なのに。こんな状況嫌なのに。無理をして、嘘をついてセリフを吐き出す感覚というのは、吐きたいのに吐けない気持ち悪さに似ている。
「ストップ!だれかコーヒー本物淹れてきて!二人はテーブル座って!」
「……。」無言で席に着く、我ら夫婦。わかっていた。上手くいっていないのは。抜けたい。苦しい。悔しい。残って私たちの練習を見ていた同期たちがコーヒーを淹れてくれる。自分たちのために、この時間が独占されてしまうことが申し訳なくなる。みんなは何を思ってみているのだろうか。
「よし。じゃあ、二人とも座って。コーヒー飲みながら、少なくとも語尾は全部脚本と変えること。はい!」
旦那「さ、いよいよ今日ヒヨコを一羽手放すんだな、俺たちはさ」
不思議なもので語尾を変えろと言われると、どんどん自分の言葉に変わっていく。語尾だけでは済まなくなるのだ。私がこのセリフに対して持っている解釈。
私という人間のリアルな反応。相手にわかってほしい。貴方のものとして持っていくとどうなるのか。徐々に何かが流れはじめる。何かってうまく言えないんだけど。なんだろう。今までは当たらない水風船合戦だったのが、一緒に流れるプールに入ったみたいな。二人で同じ流れに浸かる。
「もう大丈夫だね。それはもう消えないから。戻ることもないっしょ!そういう時はね、自分が何を言いたいか、相手が何を言ってるのかわかんなくなってる時だから。落ち着いてやり直すこと。」
これを掴んだ後、私たちのシーンは格段によくなった。2人の納得はもちろん、周囲からも評判もグンと上がった。
偽物の夫婦。偽物の愛情。偽物をつくる為に私たちはたくさんの嘘をつく。しかし、それが自分にとって本当に嘘だったらうまくいかない。
「あなたたち役者は正直じゃないと。嘘をつかないこと。もっと大きな嘘をつく為に。」
終演後、反省にて演出家が言った言葉だ。あの感覚。私だけでは掴めないもの。日常生活ではなかなか得難い快感。相手がいて、みんながいて、私が立てる。私であって私でなくなる。
なんでこんなもの見つけてしまったんだろう。これがあれば麻薬なんかいらない。やめられない。