嘘をつくお仕事1(代理課題)
「だから20年連れ添ってるっていう深みが欲しいって言うとるやろ!」
威勢のよい関西訛りの怒号が飛ぶ。とにかくいい返事を目指して、気合を入れて「はい!」と答えるものの、私の頭には、それがわかんねえんだよ!!という苛立ちと、しかしこれで納得いく訳がない、どうしよう、という不安が鳴り響いていた。
お芝居、演技というものは不思議なものだ。かの高名なシェイクスピア大先生も読んでいるだけではつまらない。音に変わって初めて崇高な戯曲文学として大成するのだ。そしてただ書いてある言葉を交わせばいいというものでもない作家一人では成立しない文学という意味では異質だ。
総勢30人が出演する舞台『わが町』(作:ソーントンワイルダー)。舞台は19世紀初頭のアメリカの田舎町、古い戯曲だ。今回私が与えられたのは、結婚式当日、新郎となる息子の母、2幕ギブス夫人。問題のシーンは、その日の朝食での旦那との会話。ページにすると見開き1ページちょっと。全体でみてもそんなに長いシーンではない。だが、演出家という生き物は目聡い。どんな些細なほころびも逃さないのだから。
最初はまだ仲良くないからかと思った。なので旦那役をとにかく追い回した。休憩、帰り道、ダメだし。だが、お互い頑張りが空回るのか、むしろどんどん状況が悪くなっていく気がする。なんとかしなくっちゃ。次はこうしてみよう。貴方はどう思っている?もう自分たちではどうしたらいいのか、迷宮入りという文字が頭をよぎる。諦めたくない。
「ふざけんなよ!!ギブスの旦那!!なんのためにこのシーンがあるのか全くわかってない!」全体のダメだしで遂に、名指しで叩かれた。打ちひしがれる私の相方。しかしこれは私の問題でもある。なんのためのシーンなのか。隣の落胆ぶりを気にしつつ、ノートに書き出す。
「全体これで終わり。2幕ギブス夫妻残って。他は解散してもいいから。」
遂に抜かれた。旦那と目が合う。救われたような、怖いような。微妙な空気感が二人の間に漂う。
ねえ、どうなるんだろう
続く