実験動物
実験場は私の城だ。
毎日朝早くに眠い目をこすりながら、藤沢にある実験場に向かう。
この研究はいつか誰かを救う科学の発展に少しだけ貢献する・・・と思っていなければ、やってられない。
今の私の研究テーマは『昆虫タンパクが代謝や疾患に及ぼす影響』
昆虫タンパクはロイシンの割合が少ないため、mTOR活性を抑えられたり、トリプトファンの含有量が少ないため、有害なインドール硫酸の生成を押さえられる可能性がある・・・などといってもほとんどの人は興味を持ってくれないだろう。
昆虫食が健康にいいとわかったところで今まで通り、食べる人は食べるし、食べない人は食べないかもしれない。
それでも、今以上に世界が深刻な食料危機に瀕したら、私の研究が大きな意味を持つこともあるだろう。
もちろんこないに越したことはない。
イナゴやハチノコくらいなら食べてもいいかなと思ってくれる人が増えてくれたらそれで十分だ。
他の人の実験を手伝うこともある。ここ2週間ほど、ずっと手伝っていた実験は面白かった。食塩を混ぜた餌を与えたマウスがうつ病になるという仮説の元、マウスをプールで泳がせたり、ビー玉を埋めさせたりする実験だ。
一人きりで朝から晩まで実験場で作業をしていると、寂しくなって、今、マウス達は何を考えているんだろう・・・と考えることがある。
「君たちはなぜビー玉を埋めるの?」
と聞いてももちろん返事はない。
マウスからすれば、自分たちが実験されているという自覚はないのだろう。
しかし、実験されている自覚がないのは私も一緒だ。
もしかしたら、私の体重が急激に増えたのも、朝起きると鬱々とした気持ちになるのも、私が知らない間に食べ物に脂質や塩分を混ぜ込まれたせいかもしれない。
私が体重計に乗って一喜一憂してる間にも、誰かがその体重を実験ノートに記しているかもしれない。
そう考えると背筋がぞくりと寒くなる。
マウスには優しくしよう。とりあえず、そう考えた。