代理課題
『23分間の奇跡』
ジェームズ・クラベル(著) 青島幸男(翻訳)
読み終えた心情としては、非情に後味が悪い。短編と言えるような短さの中に何とも言えない深みがあり読み手を引き込む。だが、少し時が経つとふと、もう1度手に取って読みたくなる本だ。また、原文と訳文が一緒に納められているので、ぜひ読み比べてもらいたい。比較すると訳者の捉え方や苦悩が部分的に共感出来るだろう。
時代背景は終戦後。戦争に破れたある敗戦国の小学校の教室。
登場人物は「先生」と「生徒達」。
午前9時に物語は始まる。
新任の先生が前任の先生を追い出し突然教室にやってくる。
最初は先生に不信感や警戒心を抱いていた生徒達は先生に耳を傾けるうちに徐々に考え方を変えていき、賛同していく。生徒の中でも特に反発していたジョニーは、自分の考えを曲げまいと心に決めるも、先生の言葉巧みな話により他の生徒と同じように考え方を変えていき、信じていた親でさえも疑うようになる。この先生の「洗脳」には脅迫や暴力は一切無い。ただ言葉で生徒に語りかけて「洗脳」をしていく過程が描かれる。
時計を見ると午前9時23分。たった23分間の出来事であった。
その敗戦国の政治や教育がどうだったとか、敗戦後訪れた海の向こうの占領者はどのようだったのか、新任の先生の名前や具体的な描写は全くなされていない。だが結果的に、たった23分という短時間で生徒達の世界観は覆され、まったく異なるものとなった。まさに「洗脳」の恐怖である。しかし文中には恐怖を表す言葉は無いのだが、読み手は漠然とした恐怖を感じ、背筋がピンとなるような、何か背中を這っているような感覚を覚える。
人の心を変えるのは難しいようだが、順を追って納得させ、正しいように見せかければ簡単に変えることが出来る。そして、受けた影響が次々と伝播していく。もしかしたらこの先生も生徒達と同様に「洗脳」に成功した結果、先生となり、このようなことをしたのかもしれない。
原題の『The Children’s Story…but not just for children』。子ども大人関係なく手に取って考えてほしい一冊である。