ケチな都知事と馬鹿な都民
舛添都知事の政治資金問題が大きな波紋を呼び、連日のようにニュースで取り上げられている。舛添都知事は、政治資金をおよそ政治とは無関係と思われる雑誌の購入から家族旅行費、水族館の入園料等の家族サービスなどに充てていたようだ。端的に言えば、政治資金使途の公私混同が非難されている。
政治資金は書いて字のごとく、政治のために使われるべき国民の税金である。その用途が、家族サービスなど、極めて個人的なことに使われていたとあれば、非難されるのはある意味で当然と言える。
しかし、はっきりいって、メディアで連日取り上げられ、馬鹿な国民が不正を追求しろと騒いでいる事態は、「阿呆らしい」としか言えない。一連の事件の結末として、有権者である国民は何を求めているのだろうか。仮にそれが、舛添氏の不正を暴き、なにかしらの罰を与えることだとしたら、それは本当に意味がない。繰り返すが、本当に阿呆らしい。
第一に、「舛添氏の政治資金問題に違法性はない」。これは、ある意味で驚くべき事実であるかもしれないが、政治資金規正法上、政治資金の使途は政治家に委ねられていて、何にいくら使ったのかという事実を記録していれば、例え家族サービスに使われたところで何ら違法性はない。だから、委員会を立ち上げ、何をどう追求してもほとんど意味はないのだ。法的に、罰を与えることはできない。
第二に、辞任に追い込むという行為も、コストパフォーマンスが悪く無駄としか言えない。政治資金としておそらく私的に使われたであろう金額は、高額な海外出張日を含めなければ、2000万円に満たないほどでしかない。高額ではあるが、辞任に追い込み、改めて選挙を行えば一体いくらの税金が使われることになるのだろうか。2000万円なんていう金額では、まず収まらない。
以上の二点だけを考えても、一連の馬鹿騒ぎは大きな無駄であると言えるだろう。年収2000万円を超える給与で、家族サービスにすら自腹を切らないというのは東京の代表でありながらなんたるケチさであろうと、嘆かわしい限りではある。ただ、政治資金規正法上彼の行為は、違法ではないし、新たに好ましい都知事がいない以上、一連の報道は、舛添氏がケチだということが延々とメディアで報道されるだけのなんら国民のメリットのない制裁である。馬鹿な都民はせめて、次回の選挙で彼のようなケチな都知事を選ばぬよう、勤めることしかできないのだ。