ひらいて、とざして

午前一時、ベッドの上。体育座りを決め込んで、明けない夜を彼女は過ごす。表面を固い殻に変えて、ぴくりとも動かずに外との繋がりをばさりと絶つ。
まだ夜は冷える季節、それでも殻の中は熱く熱く煮えたぎって、やがてその熱は雫となって外へ溢れ、冷え切った頬を伝ってすぐに蒸発する。
何も自分は間違えていないと言い聞かせる言葉と、それでも自分は間違えたと悔やむ声。彼女の中を幾重にも反響するその音がステレオに脳に響き、ぐちゃぐちゃに記憶と混ざって熱を帯びる。
どうしてこうなったんだろう。
どうしてこんなに苦しいんだろう。
どこかで諦めていたはずなのに、どうして。
抱えても意味のない問いかけを投げかけて、殻の中で反射して、それはまた燃料となって中身を滾らせる。
彼女はきっとこうして、夜を一睡もせずただ卵のように過ごす。

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『その子』との出会いは輝いていた。
黒髪を散らしながら大人しい視線を教室中に飛ばして、遠慮するように入ってきた『その子』は、外見はどこにでもいる小動物のような子で、だけど何故か私はその子から目が離せなかった。一度目が合って『その子』は慌てたようにすいと逸らし、それでも私は不審者のように視線をぴたりと止めて離さなかった。
月日とともに、私は『その子』に惹かれていった。『その子』はきっと私がそんな想いを持って関わられてるとは思っていなかっただろうし、私も毛頭想いを漏らす気などなく、ただ仲良く話すだけのようなそんな関係を保った。

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瞳は光を宿せない。自ら輝く存在があって初めて、希望を抱く光が宿される。
部屋の壁のどこか一点を見つめる彼女の目の中は、空虚。輝く事のできない瞳が沈み、窖からは深い闇が溢れる。
輝きは思い返せばどこにでも溢れていたはずなのに、それをすべて失ったように彼女は、自分の身体に闇だけを纏っていた。

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ある休日、私は『その子』を遊園地に誘った。その頃には『その子』が教室で一番関わっている人間は私だという自信もあったから、二人で休日を過ごすという事実に対する説得の障害はないも同然だった。
開園の少し後の、入り口の混雑を避けられるような時間で待ち合わせて、目的地までのバスの中では他愛もない会話をして、お化け屋敷に悲鳴を上げたりお昼ご飯が高いねなどと文句を言い合ったり、そんな風に仲のいい友達に見られるような振る舞いで私は、『その子』の隣を楽しんだ。
その終わり、大きな観覧車に乗ろうと『その子』は言った。私が意図するように避けていたことをきっと、知ってはいなかっただろう。
その遊園地の名物で目印でもある、遠くから見えるその姿に向かう道のりで、互いの手の熱が一瞬で溶けて伝わるくらいに強く、絡めるように手を繋いだ。鼓動の早さを誤魔化して、急ぎ足で目的地へと『その子』を引いていく素振りを見せると、『その子』は感情をないまぜにして最終的にできたような曖昧な笑顔を向けて、引きずられるように私の手に縋ってくれた。
真意をすべて読み取れはしなかったけど、笑顔には違いないその表情に私は安堵して、観覧車へと続く短い行列へと『その子』をいざなった。
間も無く順番が周り、私と『その子』はその特別な空間に閉じ込められる。二人の密室から見た夕焼けに照らされる街並みは鮮やかで、会話の合間合間で漏れ出したようにつぶやく『その子』の感想がその空間を彩った。
その最高点で私は思い立って、ふざけたように振る舞いながら、唇を『その子』の頬に押し当て同時に写真を撮った。おちゃらける様子は変えずにでも伺うように覗き込むと『その子』は、きょとんとしたような反応を見せながら私の誤魔化しの笑顔につられて、屈託なく微笑んだ。

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夜更けは僅かなれど確実に時を刻む。彼女一人が立ち止まったところで、その動きが止む事はない。
もっとも立ち止まり動かないのは身体だけで、彼女の内部では絶え間なく仮定の問いかけがいくつも、跳ねて飛んで回って殻を破ろうとして、跳ね返される。
大小様々な分岐点のどれもを彼女は振り返り、その度にまた熱を溜め込んでいく。やがて小さい選択肢はそれが付随していた大きなそれに吸い込まれ、さらに強い熱量となって彼女を責める。
あの時に想いを伝えていたら。
あの時に全てを諦めていたら。
もしかしたらどこかに彼女の納得する答えはあったのかもしれないけれど、もしもの世界線を辿ることのできない彼女にそれを知る術はない。
だからこうしてただ閉じこもり、涙を流し続ける。

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やがて月日は流れ切って、輝いた出会いの季節に舞い戻った。
『その子』は悲しい表情で担任とともに、またどこかに行ってしまうのだとそう教室に告げた。
私はその可能性を早いうちから『その子』から聞いていたから、覚悟はしていた。そして、その可能性が事実と確定したその瞬間に私は、最後の覚悟を決めた。
『その子』との出会いが無駄にならないように、ただの思い出だけで終わらせないように。遠く離れてもいつかどこかで会った時に、それを奇跡以上の何かだと信じるために。
私は『その子』を放課後に呼び出した。まるで漫画の中の男の子が告白に呼び出すみたいだねなんて無邪気に『その子』が笑って話すのを、私はきっと泣き出しそうになりながら聞いていた。

そして、真実を伝えた。

心をひらいて、その瞬間の『その子』の温度は、すっと冷えて。
私を凍らせた。
覚悟はしていたはず、なのに『その子』から投げられたのは、あまりにも強い軽蔑と怒り。それは私の抵抗を無に帰して、光を奪っていった。

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そして彼女は今、暗闇に心をとざして、自分という存在を、自分の軽蔑される性質を、すべてを悔やんで、憎んで。
闇の中で、ただ無となっている。

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