諸行無常
「諸行無常」
近代写実主義に多大な影響を及ぼしバロック時代の先駆者と評されるカラヴァッジョ。こんなにも生々しくこんなにも鮮やかに決定的な瞬間を切り取った画家が、彼のほかにかつて存在しただろうか。
当時の宗教画は神や聖人の姿を崇高なもの、聖なるものとして描くのが主流であった。しかし彼のそれは違った。強烈な光と闇のコントラストにいるのは、いつもありのままの人々の姿であり、そこに神々しさは微塵もない。こうした徹底的な写実描写から生まれる作品からは、まるで物語が目の前で繰り広げられているような臨場感が溢れ出す。
この恐ろしいまでのドラマチカルな魅力は彼自身にも重ねることが出来る。革新的な天才画家としての顔の裏に持つ激情的で無頼な性格。彼は「明」「暗」の狭間を往還しその短い一生を閉じた。「バッカス」や「女占い師」など初期の作品はシンプルで背景もニュートラルであるのに対し、晩年の作品「エマオの晩餐」や最高傑作と評される「法悦のマグラダのマリア」では闇がどんどん濃くなっていく。
確かに、彼は極端であったかもしれない。しかし、この世のあらゆるものは皆、とどまることなく生まれては消えていく。神とて例外ではない。濃淡ある生き様。明暗ある人生。それこそ嘘偽りない人間の真の姿であり、彼が描きたかったものなのではないだろうか。
カラヴァッジョは知っていたのだ。永遠などないと。絶対的な存在などいないと。彼の絵をみて私は思う。理想を追い求めても仕方がない。たとえ手に入れたとしてもそれはすぐに儚くも散ってしまう。ありのままの自分を受け止め、一瞬一瞬に魂を込める。それが明日をつくり、人生をつくるのかもしれない。