追悼という名のイベント

昨年、フランスのパリにて同時多発テロが起こった。これは、死者130名、負傷者300名を生む事件となり、世界中を震撼させた。しかしながら、この事件から、テロとは直接関係のないところで、ある議論が世間を騒がせている。それは、Facebook上における追悼機能である。これは、プロフィール画像にフランス国旗のトリコールを重ねることで追悼の意を表すものだ。しかし、この機能は様々な批判を呼んでいる。
結論から言えば、私自身もこの機能にはあまり賛同はしていない。世間で最もされている批判は、「フランスだけ特別扱いなのはなぜか」というものだ。私自身は、それは特に批判の理由とは思っていない。たしかに、世界で常にテロは起こっているし、テロに限らずとも、このような規模の事故は後を絶たない。だからといって、これほど主要な国の首都がテロにあうということは、やはり持つ意味合いが違う。やはり、一般の人々にとって「フランスのパリ」が同時多発テロにあうということのインパクトは大きい。注目度が高くなるのは仕方ないのではないだろうか。
では、それでも結局私が、この機能に賛同しきれないのはなぜか。それは、結局のところ、「イベント」の範疇を脱していないように感じるからである。一昨年、アイスバケツチャレンジというものが流行した。これは、病気をより多くの人に知ってもらうこと、参加者が実際に寄付をする、という具体的な支援が行われていた。しかし、今回のこの機能はどうだろうか。何も具体的な支援はないのである。キャスターである長谷川豊氏は、この機能を行っている人間は、優しい自分を周りにアピールしたい人、なんとなく周りに乗っかっている人、のどちらかだと述べている。私もその通りだと思う。結局は、「追悼」という名の下に、みんなのプロフィール画像をトリコールで埋め尽くそう、というイベントが行われているようにしか思えないのである。

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です