虫を喰らう植物 〜オノ・ヨーコ展〜

小山峻

オノ・ヨーコはビートルズを解散に追いやった悪女として名高いが、私はその噂を信じていなかった。ちょびっとだけ個性的なアーティスト一人に振り回されるほど、あのロックの殿堂ビートルズは、ジョン・レノンはやわなはずがないと思っていたからだ。だからオノ・ヨーコ展に行く際は、「Yes it is」でも聴きながら天井に小さな「YES」の字がないか探してみるかというような、気軽な気持ちで赴いた。この心がけは大変な間違いであった。

オノ・ヨーコの作品は、第一印象は地味なものが多い。特殊な素材や色合いはなく、使う言葉はシンプルで奏でる音楽も覚えやすい。だから鑑賞者は身構えず、すんなりと受け入れる姿勢をとる。だが見ているうちに、普通の素材が普通ならざるメッセージを放っていることに気付き始める。

「ウォーホルも三島由紀夫もヒトラーも、もとは同じ水からできている」

水が注がれたお椀が並ぶ作品「We’re all water」にこめられたメッセージだ。二分ほど、この作品から眼を逸らすことができなかった。ただの水とお椀しか使っていないのに、真夜中の霊園のような、おぞましく凄烈なインパクトを放っているのだ。「普通」のベールで見る者を油断させて、寄らせたところで胸を鷲掴みにする。オノ・ヨーコの作品には、食虫植物のような妖しい引力と凄みがあるのだ。これ以上顔を近づけると、耳を澄まし続けると、体が絡め取られて溶かされてしまうのではないか。そんな錯覚を感じるほど、彼女の世界は濃密で強烈なのである。

ビートルズ解散の原因は、本当にオノ・ヨーコにあるのではなかろうか。帰り道、そんな懐疑が湧き上がった。真相はわからずじまいだが、彼女の作品を見て確信したことが一つだけある。一匹のビートル、ジョン・レノンは、オノ・ヨーコという植物に確かに惑わされ、そして完璧に喰われていたということだ。妙な了得感を胸に感じながら「The Ballad of John and Yoko」を聴き、清澄白河へとゲットバックしたのであった。

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