過去の行方  〜黄金のアデーレ 名画の帰還〜

 

総合政策学部3年

小山峻

 

第二次世界大戦中、グスタフ・クリムトによって描かれた肖像画『アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 I』は、オーストリアでナチスに奪われた。その後オーストリアの博物館に渡った肖像画を返還するよう、アデーレの姪が新米弁護士と共にオーストリア政府に訴訟を起こす。「黄金のアデーレ」は、実話を基にした映画である。

アデーレの姪であるマリアは、過去にこだわると同時に過去に縛られている82歳の女性である。アデーレやナチスの過去と向き合うよう促しつつも、いざアメリカからオーストリアに行くことになると「あんな忌々しい思い出のあるところには行きたくない」と過去から目を背けようとする。一貫性がないように思えるが、物語の節々で挿入される戦時中の回想を踏まえれば、マリアにとって過去がどれほどのものであったかがわかるだろう。使えるはずのドイツ語をオーストリアで断固として話そうとしない頑なな姿は、悲惨な過去に対する彼女の恐れの裏返しとも感じ取れる。マリア自身も、思いを馳せられるはずの過去を奪われているのだ。

しかし幾度挫折しようとも、過去と向き合い傷つこうとも、マリアは戦い続けた。肖像画だけでなく名前も身分も奪われ、歴史からも抹殺された叔母アデーレ。そんなアデーレにただ一つ残された「誇り」を、マリアは見捨てなかった。彼女は訴える。「過去が現在の是正を求めている」と。マリアはアデーレの、そして過去の代弁者なのだ。

闘争に決着がつき、マリアはかつての住まいであったオフィスに訪れ、在りし日の思い出を呼び覚ます。そして受付の質問に答えたマリアの字幕は、引用符に挟まれる。彼女はドイツ語を話したのだ。アデーレの過去、マリア自身の過去は、惨たらしい理不尽から返還されたのである。

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