ラストエール 〜エール!〜
総合政策学部3年
小山峻
自分以外の家族は耳が聞こえないから、家で大音量の音楽を流しても何も言われない。だが後ろを向いている家族に何かを伝えるには、手話をする以前にそばまで寄ってから肩を叩いたり、ライトをチカチカと点灯させたりして、こちらがそちらに用事があるというアピールをわざわざしなければならない。「エール!」を見ていて思うのは、我々が普段からいかに音に縛られ、音を頼りにしているかということだ。彼らがテレビや電話も満足に使えないことも考えると、コミュニケーションに限らず我々の生活の大部分は音を前提としているのだと実感する。
作中に主人公ポーラ達が歌っている最中に音が消えて、ポーラの家族達の視点(聴点?)で発表会が描かれる演出がある。ポーラ達は腹で呼吸をして口を開けたり閉じたりしているが、何を言っているのかわからない。だが自分達以外の観客は彼女らの歌の素晴らしさを知覚できているので、目を閉じて頷き、立ち上がって拍手をする。家族らは周りの挙動に合わせて拍手をするが、彼らには自身の手から鳴る音すら聞こえない。同じ空間にいるのに、自分達だけが周りに、そしてポーラに置いてかれている心地にさせる、物悲しい演出だ。
様々な衝突や葛藤を経て、ポーラは如何にして耳が聞こえない家族に向けて自分の歌を、そして気持ちを伝えるのか。実はそのラストのシーンは予告編にちらと映っていたので、私はおおよそわかっていた。わかっていても、実際に見ると涙腺に来てしまったのは何故か。それは、ラストがまごうことなき名シーンであるからに違いない。先生はキザなフォローをしてくれるわ、歌詞はポーラ達の気持ちと見事にマッチしているわで、とにかくよい。作中の色々な要素が一つに集約していくような、感動と爽快感を巧く混ぜた感覚を与えるのも実に素晴らしい。泣いた。そして最後に家族が黙って抱き合うシーンを見て思う。今の彼らには、もはや言葉も手話も必要ないのだと。