「麻雀放浪記」
1984年に阿佐田哲也の原作が映画化された「麻雀放浪記」。博打の世界で生きて行くことを決意した青年・「坊や晢」には真田広之、坊や晢が博打の世界に足を踏み入れるきっかけを作った「ドサ健役」には鹿賀丈史、女性陣は加賀まりこに大竹しのぶを迎えなんとも豪華なキャスト陣だ。
残念ながら、20代そこそこの女子が観たところで、カタルシスや感動をもたらすような作品ではない。しかし、平成生まれの女子大生の私が、本作にどこか懐かしさを覚えるのは気のせいなんかじゃない。麻雀牌を打つ男達の背中は、まさに私が見てきた父の背中だからだ。胡座をかいて卓に向かい、タバコをくわえ、その灰を卓に巻散らしながら三人と対峙しながら麻雀を打つ。私にとって、「父の背中」というものは、スーツに身を包み、玄関先で「行ってきます」なんていうかっこいいものではなく、ギャンブル好きで万年「ヒモ」だった父の麻雀を打つ姿だった。
そんな抜群に整った(?)家庭環境で育ち、ギャンブルと比較的近い距離にあった私だが、一抹の懐かしさを覚えたとはいえ、正直なところ、本作を楽しみながら観賞することはできなかった。麻雀放浪記の感想を帰宅後に夕食の席でもらしてみると、父が早速食いついてきて「阿佐田哲也は、ほんっとうにロクでもないやつでよぉ〜!お前が好きな伊集院静なんかともつるんでたんだよ〜!」とこちらが頼んでもいない解説を嬉しそうな顔をしながら話し始めた。続いて、本作でも様々なシーンで描かれていた「チョンボ」の仕方や「役」についてまで、(生活費のことになると黙るくせに)いつになく饒舌に語っていたけれど、私が聞き流しながら箸を運んでいると、突然テーブルの下から足で父に膝を蹴られた。食事中なのになんなんだと思いながら、視線を落とすと、父が足の指にライターを挟みながら私の膝をつついて、「牌はこーやってわたすんだよ」とニカっと笑った。これが男のロマンならば、残念ながら、私は一生理解できそうにない。
(フクシマユズノ)