岸辺の旅
瑞希の前に、3年間失踪していた夫の優介が突然現れる。「俺、死んだよ」と彼は告げる。ふたりは、優介がそれまでお世話になった人たちを訪ねる旅に出る。正者と死者、彼岸と此岸の境が交わってあまりにも自然にスクリーンの中で共存していて、はじめのうちは落ち着かない。この不可思議な世界観に馴染んだ頃になって、唐突に死者の影が見え始める瞬間は、背筋が凍った。
静かなシーンで鳴り響くオーケストラや、まるで舞台を見ているようなはっきりとした照明の使い方、それらが相まって、朗らかなラブストーリーの裏で小気味悪いゾクゾク感が湧き上がってくる。
私は終始、瑞希に感情移入してスクリーンを見つめていた。優介がいなくなってしまうという不安と常に戦いながら、彼女が見せる弱々しさと芯のある凛とした姿、双方の混在にとても惹かれた。
冒頭、優介が現れてから驚くほど冷静だった瑞希が翌朝になってようやく、ずっと一緒にいたいと優介に縋る瞬間が本当に切ない。終わっている状態から始まる二人の物語は、希望を抱けば抱くほど、楽しければ楽しいほど悲しくて、始まって10分少々でこんなに涙腺の緩んだ映画は私にとって初めてだった。
優介が何を考えているのか分からないのが、もどかしかった。観客にも、きっと瑞希にも、彼の死んだ理由さえはっきり分かっていない。優介のほうから瑞希に縋ることは1度もなかった。ただただ、「瑞希、好きだよ」と告げるだけ。しかし、自分の身体が崩れかけてようやく、耐えきれなくなって瑞希に触れる。既に死んでいる優介がその場に存在しているのは、きっと瑞希ただ1人のためなのだ。きっと彼が現れただけで、それは確かな愛の証なのだ。優介は、最後に遺した「また会おうね」の一言に、その「また」の中に、瑞希への想いを全て封じた。
この映画の中だけではない。時は永遠を許してくれない。生きている相手を愛することと、死んでいる相手を愛すること、その愛するという行為の間には何の違いがあるのだろうか。最後にお札を燃やして捨てる瑞希の目は、冒頭の弱々しい瑞希とは別人のように“生きて”いた。
(71442999 環境情報学部2年 久保田 萌)